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林修の今でしょ!講座

徳川綱吉の偉業と生類憐みの令の本当の内容とは?林修の今でしょ講座

2016/08/14

江戸時代の街
8月9日の林修の今でしょ!講座で特集された「江戸の徳川将軍」のうちの1人、「5代将軍綱吉」の生類憐みの令の本当の意味やその他の偉業をご紹介します!
今回の先生は東京大学教授の歴史学者、本郷和人先生です。
(東大の教授なんてすごいですね-!)

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本郷先生によるとリーダーが変われば国が変わる、今の東京は約260年続いた江戸時代の徳川15代将軍の努力の上に成り立っているといっても過言ではありません。

今回は3人の将軍の功績や政策を順にご紹介します!
まずは5代将軍綱吉公です。

「生類憐みの令」を作った5代将軍 徳川綱吉

1680~1709年の間、在任期間29年も務めた5代将軍徳川綱吉は当時人間よりも犬の命を大切にしたとして「犬公君」と言われ馬鹿にされていました。

ではその「生類憐みの令」とはいったいどんな内容の法律なのか、詳しく知っていますか?
1685年~1709年にかけて実施された法律で、

・犬を殺したら死刑
・蚊を殺したら島流し
・カラスは人に害を与えるので島流し

など・・・一見とんでもない法律です。

ですが最近の研究によって、本来のこの法律の姿が見えてきたんだそうです。
それによると「生き物すべての命を大切にする法律」だということがわかってきました。

命を粗末にしていた時代から、命を大切にする時代へ を切り替わるきっかけとなった法律なんです。

武士の生き方にも変化が「切り捨て御免」がなくなるキッカケに

この法律が出来てから、武士の生き方にも大きな変化が現れました。

それまでは「斬り捨て御免」と気に入らない町民などを斬り捨てていた武士ですが、法律が出来た後は何の罪もない町民を斬捨てようものなら切腹となってしまったため、そういったことはなくなりました。

さらには女性や子供など弱い立場の者を斬捨てようものなら切腹という武士の威厳すら守ることが出来ず打ち首とされていました。

また草木を大切にする気持ちや、家族やご先祖様を敬い大切にする気持ちも武士だけでなく庶民にまで広まったきっかけとなりました。
綱吉はバカな将軍ではなくとても優しい人だったんですね。

現代のお墓のスタイルやお墓参りの風習も綱吉が作った!

さらに一般人のお墓にも変化が現れます。
この法律以降、今のような家族でお墓に入るスタイルに変わったんです。

綱吉の時代から「あの世に行っても家族は一緒」という考えで「家族墓」が作られるようになります。
綱吉の教えがなければ現在のお墓参りという風習すらなかったかもしれないんです。

家臣が悪法に変えた!?

実はもともと「生類憐みの令」は行き過ぎた悪法ではありませんでした。
綱吉の命令を受けた家臣が行き過ぎた法律にしてしまったんです。

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さらに本郷先生よると綱吉のことを良く思わなかった人たちが死後、違う解釈で伝えた可能性もあるということでした。

日本人の識字率世界一も綱吉が作った!

日本は綱吉の学問奨励から約150年後の幕末において、読み書きできる人が全体の50%を超えるという、識字率がダントツで世界一位の状態にまでなりました。
(ちなみに2位のイギリスで20%くらいだったそうです。日本人すごい!)

当時今の学校のような存在「寺子屋」も15000もありました。
これは当時の人口から考えたらとても多い数なんです。
当時の日本はかなりの教育水準の高い国だったということがよくわかりますね。

綱吉はバカにされる存在ではなく、むしろ尊敬すべき将軍

今回の放送で綱吉公に対する印象がガラリと変わりました。
日本史の授業で習った時にはその法律にびっくりしましたが、改めて本郷先生の解釈を聞いた後考えてみると日本人の優しい国民性を作ったかもしれない将軍というのはとてもすごいことですよね。

またよく大河ドラマなどの歴史ドラマではおバカっぽい感じで演じられることが多い気がするのですが、こんな素晴らしい考えを持っていたということはこれからの子供たちにも正しく伝わってほしいなぁと思いました。

お墓の形やお墓参りのスタイルを作ったというのも驚きです。
今当たり前のように私たちの周りにあるものも、昔の人が作ったことやその考えがきかっけになっているとわかると歴史って面白いなぁと思います。

命を大切にするという気持ちは、現代においても絶対に忘れたくないことですね(*´ω`)

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