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林修の今でしょ!講座

徳川家光が江戸の発展のためにしたこととは?林修の今でしょ講座

2016/08/14

江戸の街
8月9日の林修の今でしょ!講座の江戸時代の徳川将軍の政策&偉業特集で放送された3代将軍・徳川家光の「外堀政策」についてご紹介します!
教えてくださるのは東京大学教授で歴史学者の本郷和人先生です。

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3代将軍 徳川家光が行った政策と偉業とは?

3代将軍である家光は初代将軍の家康の孫にあたり、在任期間は28年にもなった大将軍です。
さらに1635年地方の大名を定期的に江戸に通わせる「参勤交代制」を初めて行い、ドラマでもおなじみの「大奥」を作ったことでも有名です。

また公共工事で江戸の町を発展させた天才でもありました。

外堀を作ることで江戸の街に劇的な変化が!

人口が約2倍に

現在の人口1000万人を超える東京の街の元となったのが、まさにこの家光の街づくりでした。

その要となったのが「外堀」です。
外からくる敵から守るために作られたこの外堀はなんと全長15キロにも及び、現在も同じ場所に残っています。
家光はこの外堀の完成こそが最も重要だと考えていました。

家光は江戸の町を発展させるにはまだまだ足りないものがあると考えていました。
外堀を作ることによって「人口」が増えると考えていたんです。
工事をすれば工事をする人がまずやってきます。
さらにその人たちに食事を作る人も来るためはじめ男性が増え、それに見合った女性の数も自然と増えていきました。

2代将軍の時には約15万人だった江戸の人口は、家光のころにはその倍以上の約30~40万人にまで増えました。
京都の町が当時は1番の人口を誇っていましたが、それに追いつくほどになったんです。

大名の力を弱める狙いも

工事は家光の命令を受け、全国の大名が行いました。
実際には外堀は3か月で完成させました。これは重機などがなかった当時には驚異的な数字です。

なぜこんなにも短期間で作り上げたかというと、大名たちにたくさんお金を使わせるためです。
工事は大名の実費でした。
家光からしたらまだ安定期ではなかったため、大名たちの力を奪うためたくさんお金を使わせたんです。

これを「天下普請(てんかぶしん)」といい、江戸幕府が全国の大名に行わせる土木工事のことをこういいました。

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現在の東京の交通システムの基礎となった

さらにもう1つ、家光は江戸を水の都にしようと考えていました。
そのため外堀を作ることで水運の範囲を広げ、江戸の町を拡大しようと考えたんです。
そのために外堀と江戸のすべての主要道路、中山道・奥州街道・日光街道・甲州街道・東海道をつなげました。
これが現在の東京の交通システムを支える元の形となっているんです。
すごいですね・・・!!

家光の外堀政策のまとめ

・江戸の人口増加
・部下の勢力抑制
・現在の東京の交通システムの基礎を作った

~まとめ~

歴史の授業で習ったかもしれませんがすっかり忘れていた今回のテーマ「外堀」を作ったことによる江戸の町の発展や変化はとても面白かったです!!

現在もまだ残っているということで、1度見に行ってみたくなりました。

現在の交通の基礎が、江戸時代に作られてものだなんてロマンを感じますよね(*´ω`)

また外堀を作ることで街を発展させる仕組みや、大名の力を弱め自分の立場を絶対的なものにしようとした家光は本当に賢い人だったんだなと思いました。
それくらい戦略的になれるからこそ、将軍も務まったんでしょうね。

その他の将軍の記事も是非ご覧ください!(*´▽`*)

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